た・ま・な・お・と

おんがくとピアノのことを書いています

ピアノはスポーツ物理学だ

以下の文章を書いて以降、ピアノの演奏技術は単にホモ・サピエンスがサバイバルと種の保存のためにする動きがベースになっているという確信をもっていますが、記録のために、このブログに当時の文章を残します(今はもっと考えが進みました): 

 

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打鍵のインパクトとリリースを調節しようと、背中から上腕にかけての筋肉(と肩まわりの回転)を使い始めましたが、やればやるほど、ピアノ演奏技術の奥義はかんたんな物理学なんだと思います。

 

奥義の要素はふたつあって、

①打鍵スピードにブレーキをかけてインパクトとリリースを調節する、

体幹をしっかり保って力の伝わりを効率化する、

だと思います。

 

この二つができれば、音の調節ができるようになるし、良い音が出るようになると思います。ロシア式とかドイツ式とか奏法がいろいろあるようですが、どんな流儀も煎じ詰めればこの①②をやろうとしているんだろうなと勘ぐっています。

 

「耳で自分の弾く音を聞く」ことが音を良くするために必要と言われますが、この①②ができないままいくら耳をとぎすましても一向に音が良くならないことは、うすぼんやりした私でもわかります。

 

順序が逆で、いろいろ試行錯誤や工夫をして、この①②ができるようになってくると、どういう姿勢のときに、どこの筋肉を使って、どこの関節を回転させして、結果的に指がどのように動いたときに、良い音がでるかが、わかるようになってくるんだと思います。

 

①②ができるようになるのは、完全にスポーツの領域で、「芸術」的な要素がなくてもできることです(というか、西洋発祥の芸術ものは、音楽でも美術でも、とても論理的で科学的で職人的)。

 

「背中で弾く」とか「よい姿勢で」とか「肩の力を抜いて」とか「手首の回転が」とかよくいわれますが、そもそも、どうしてそうするのかという、そもそもの理由の説明がないままそのようにいわれても、私のような勘ばたらきの悪い者は、理由がわからないのでそこで立ち止まったまま、前へ進めなくなってしまって、先生の言うことさえも疑心暗鬼で疑いはじめてしまいます。

 

いろいろ問い詰めると迷惑をかけるので、さっきの①と②のおおもとの理由を自分でクヨクヨ考えはじめて、自分なりに理解しました:

 

①打鍵スピードにブレーキをかけてインパクトとリリースを調節する理由:

世の中には引力があるから、落下するものは腕でも何でも、地面に当たったら、その落下する力がそのままガツン!とこっちに跳ね返ってきてその衝撃がすごい。だから、落下する力と逆の力(ブレーキ)を発揮して、落下速度を下としてソフトに着地する必要がある(そうしないと飛行機は墜落するし、ピアノはガーン!と鳴ってしまう)。

(飛行機もそうだけど)ピアノの場合は、垂直落下だけでなく、手の水平移動(前後左右)もある。腕を振り下ろす落下と手の水平移動が合わさった腕のスピードを打鍵の瞬間までにかなり減速しなければならない。しかも、移動してくる腕には重さがあり、スピードがのっている。急ブレーキをかけると、クルマでもなんでも、タイヤとブレーキドラムの摩擦熱がすごい。動いているものを止めるには、それほどエネルギーを使う。そればかりか、キーをたたくたびに減速するだけではなく、たたいたらすぐに、次のキーを叩くために、腕をまた加速する必要がある。そんなエネルギーが末端の指や手首にあるはずがなくて、腕を動かしている、おおもとの背中や肩まわりや上腕の大きな筋肉を総動員して、肩や肘や手首などすべての回転部位で力を逃がしたり力の方向を変えたりして、打鍵スピードを減速して、打鍵と同時にまた次のキーを目指して加速しなければならない。それをすべての音符についてやることになる。このような重労働を連続して行うために、背筋や腕の筋肉を鍛え、必要な回転部位を柔軟にする必要がある。 ⇒つまり、ピアノの演奏は物理的な運動であり、演奏技術の向上はスポーツトレーニングだ。

 

体幹をしっかり保って力の伝達を効率化する理由:

力は、ぶよぶよしたものよりも、固いものを通るほうが、効率よく伝わる。スポンジのバットで野球のボールを打っても、ボールが飛んでくる力を吸収してしまうから、ぜんぜん飛ばないけれど、木のバットで打てばカキーン!と飛んでいく。

人間の体も一緒で、椅子に腰かけていても、体幹をしっかり保っていれば、それだけ筋肉が発揮する力が効率よく鍵盤に伝わるけれど、ただぼよ~んとぶよぶよと腰かけて(しかも猫背で)いれば、せっかくの力が指にとどくまでに体の中や外に散ってしまって力の伝達の効率がわるい。それに、野球は、選手の体幹がぶれると振るバットまでぶれて、ボテボテの当たりになる。ピアノの場合は、手先の動きがブレるので、ドタドタ弾きになったりキーをミスッたりと、下手がさらに下手になってしまう。だから、体幹を鍛える必要がある ⇒つまり、ピアノの演奏は物理的な運動であり、演奏技術の向上はスポーツトレーニングだ。

 

「キラキラするように」とか「歌うように」弾けと言われて、いくらそのように念じてみても、一向にできずに相も変わらずドタドタ弾きのままのはずです。ピアノの演奏技術に関して、念力や気合いや神頼みはまったく役に立ちません。頼れるのは自分の骨格と筋肉だけです。

 

精神力の効果は、たとえばダルビッシュ投手が気合いを入れて投げたらバッターの手元で時速150.0kmのボールにほんのすこし勢いがついた、ぐらいのものだと思います。私が神仏に祈祷したり水ごりをしたりしてから、「150kmになれ!」と気合いを入れて全力でボールを投げても、目の前にポトリと落ちるばかりか肩を脱臼するのが関の山です。トレーニングと体調のコンディショニングを極めたダルビッシュ投手のレベルで、精神力がちょっとだけ手助けしてくれるんだと思います(プロの世界になると、その「ちょっと」が何億円もの違いを生むんだろうなぁ。神は細部に宿る、「神」一重だね)。

 

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